冒 険 空 想 小 説
魔法騎士レイアース外伝
ナ イ ト メ ア
翌朝、目を覚ました光の目に飛び込んできた景色は、いつもの見慣れた部屋の中
のものであった。しばらく横になったままで、ぼーっとして考えのまとまらぬ頭が
働き始めるのを待ち、やがてゆっくりと上体を起こしてベッドの上に座り込んだ。
やっと意識が正しい活動を始め、今まで見てきたものが、夢の中の存在であった
事を認識して気持ちも落ち着き、あくびと共に手を組み合わせて大きくのびをした
ところで、誰かが扉をノックする音が聞こえてきた。
「光、起きているかしら」
プレセアの声を認め、扉を開けて招き入れる。
「おはよう、プレセア」
「おはよう、光。さあ、今日はこれよ」
にこやかに、抱えていた包みを開けて中身をとりだしたのは、レモンイエローが
鮮やかなワンピースだった。光は寝着を脱ぎ、受け取ったワンピースに着替える。
プレセアは、光の背中の止め紐を、鼻歌まじりに手際良く締めていった。
(やっぱり、うれしそうだな)
背中から流れてくるハミングを聞きながら、細かいプリーツの入った膝下ぐらい
まであるスカートの裾を、指先でつまんで少し持ち上げてみると、少しだけなにか
くすぐったいような気持ちになる。その時に再び誰かが扉をノックした。
「光、起きてるんか」
開いた扉から、部屋の中をのぞき込んだカルディナは、光と共にいるプレセアを
見つけ、嘆息した。
「間にあわなんだか。今日は、うちの服を着せたろ思て急いできたんやけど・・・
ま、しゃあないで、アクセサリだけでも飾り立てたろ」
持っていた袋の中に手を突っ込み取り出した、深紅の細い環が何本か複雑に組み
合わされたアンクレットを光の左の足首に通し、そして透かし彫りの施された板を
丸めたブレスレットを両腕と、大きさの違う小さな板が何枚もくっついた、ゆれる
と澄んだ爽やかな音色を奏でるイヤリングをつけ、最後にまるで真珠のような虹色
に輝く丸い石で出来たネックレスを首にかけ、カルディナは満足そうに、なんども
うなづいていた。
「しかし、プレセアは楽しそうやな」
仕上げとばかりに、白いハイヒールを光に履かせようとしていたプレセアは手を
止めてカルディナを見上げる。
「やっぱり、わかっちゃう?」
「そらそうや、うちと一緒やさかいな」
二人は、顔を見合わせて吹き出す。一人光は、生まれて初めて履くハイヒールの
お蔭で、身体のバランスをとるのに一生懸命だった。
身支度を終えて、3人は広間へ向かった。当初光は、千鳥足で危なっかしいこと
このうえなかったが、優れた運動神経のお蔭か、それとも若さ故の適応能力なのか
広間にたどり着く頃には、その足取りはしっかりしたものになっていた。とはいえ
やはり優雅さ、という点に於いてはまだまだ修行を要するようではあったのだが。
朝食は、海と風にからかわれたり羨ましがられたりしながら、和やかであった。
そしてクレフが重い口をついに開いた。
「光、一つ言っておかねばならない。光の今の状態は、アリスト症によるものでは
ない。薬のその効果はない筈だ。すまない」
「見かけは違っても私は私だ。今のままでも不自由はしていないし、クレフの所為
という訳でもない。気にしないで欲しい」
光の真剣な瞳の色に、クレフは口元をほころばせて、ひとつうなづき続けた。
「実は以前、柱となる前のエメロード姫も、今の光と全く同じ症状が現れたことが
あった。同じように一夜にして成人したのだが、アリスト症の薬も効果がない。
私はさまざまな文献を調べた。その結果この症状に対しての薬が存在することを
先先代の導師の書物から見つけ出した。その薬は、ビスカス、トルセン、そして
クワイフの葉を、一定比率で煎じなければならないのだ」
クワイフという語に、光たち3人と、カルディナを除いて、怪訝そうな雰囲気が
流れ、互いに顔を見合わせている。
「じゃ、じゃあ、そのクワイフってのを手に入れれば、薬は出来るのね」
海が立ち上がり叫んだ。同時に風も立ち上がる。
「私たちが、とってまいります。どちらにいけばよろしいのでしょうか」
「わからぬのだ・・・・」
あえぐように吐き出された一言は沈痛であった。
「クワイフ草は、ビスカス・トルセンと違い強烈な毒性を持っている。その絞り汁
一滴で、人を一人死に至らしめることが出来るほどなのだ。それ故に、太古より
歴代の神官の手によって、徹底的な処分が進められてきた。しかしこの薬のため
にであろう、神官による厳重な管理のもとに、僅かばかりの栽培は行われていた
らしい。そして・・・・」
クレフは俊巡するように言葉を切ったが、意を決して続けた。
「そして、その場所は・・・代々の神官のみに伝えられる」
「なるほど、神官ザガートからその場所を伝授された者が、いようはずがない」
努めて冷静な指摘をしたフェリオではあったが、その表情は、いくぶん蒼ざめて
いた。光、海、風は緊張した顔を見合わせる。
忘れ得る筈もない、忘れたくとも忘れることの出来ぬ複雑な縁が、再び彼女達の
進む先に影を投げかけてきたのであった。
To be Continued