冒 険 空 想 小 説
魔法騎士レイアース外伝
ナ イ ト メ ア
「ザカート」
誰かが呟く。その場に集う一同には苦渋の色が濃く滲み出、周囲の気温が著しく
低下しているかのように、風が身体を震わせた。そのとき光が口を開いた。
「私は、結構今の格好を気に入ってるし、その内に元に戻れるだろうから、無理を
する必要は無いと思う」
他の皆への配慮が全てであろうことは、居合わせるもの全てが感じていたのだが
光のその真っ直ぐな想いに、そして迷いの無い瞳に多少の落ち着きを、取り戻した
ようであった。
「しかしアリスト症でない以上、どのような症状が出てくるか、わからんのだぞ」
クレフの指摘に光は黙ってうなずく。クレフは仕方なさそうに肩をすくめ、
「それでは、今後のための参考とさせて貰おう」
と、冗談めかして話を打ち切った。
「そういえば、モコナの姿が昨日から見えないんだけど、何処に行ったのかしら」
誰に問いかけるでもなく、海が呟いた。
「ほんま何処いったんやろなモコナは。いつも光の後ろにくっついて『ぷうぷう』
ゆうとったんになあ」
「ランティスさんも、いらっしゃらないみたいですね」
「ランティスはいつものことだ。ここにいる方がよっぽど珍しい」
フェリオが苦笑しながら、風の問いに誰もが首肯する完璧な答えを用意した。
「協調性のかけらも、あらへんのやからなあ。ま、いても、いてへんでも、どうせ
口を開かへんさかい、いっしょなんやけど」
「そうね、ランティスがカルディナ位、おしゃべりだったらこわいもんねえ」
昨日のことを根に持っていた海が、すかさずちょっかいをだす。
「一度、見てみたいような気が致しますが」
風がにこやかにさりげなくいい、その姿を想像した一同からは笑いがおこった。
その時、光の様子がおかしいことにプレセアが気づいた。心ここにあらずという
ような表情で、ぼーっとしている。目の焦点もあっていないようだ。
「光、どうかしたの」
プレセアの心配そうな声に気づいた光は、はっとして、なんでもない、と慌てて
首を横に振った。隣にいた海が、光の頬をつまんで、両側に引っ張る。
「またなにか我慢してるんじゃ無いでしょうねえ」
「ひ、ひへはひほ、ふひひゃん」
「本当?」
「うん、ちょっと、眠たい・・・だ・・・け・・・」
光の身体から突如力が抜けて、テーブルにつっぷしそうになったを、海が慌てて
しっかりと支える。
「光(さん)!」
全員が席から跳ね上がり、光のまわりを囲む。クレフが光の脈をとり、額に手を
当て熱をはかり、そして呼吸を確かめる。呼吸は深くゆっくりで、落ち着いている。
脈拍も落ち着いているし、熱発もない。
「・・・眠っている、といっていいだろう」
「これが症状という可能性がありそうですな」
光を部屋に運ぶために抱き上げながら、ラファーガがいう。緊張が部屋に満ちた。
「おそらくは、そうだろう、不自然すぎる。ただ今は自然に目覚めるのを待つより、
他にはあるまい」
(ただ場合によっては、このまま目覚めぬこともあるやも知れぬ)という部分を、
クレフは言葉にせず心にしまい込んだ。ラファーガは、おそらくその部分まで汲み
取ったのであろう、クレフの方を見ようとせずに歩きだした。
光を抱いたラファーガを中心にして、皆が広間から出ていった。広間にはクレフ
が一人、唇を噛みしめ立ち尽くしているばかりであった。
まもなく日も沈もうかという、刻限になって、光は目を覚ました。周囲に、誰の
姿もない事に気づかず、更に自分が、今何処にいるのかも気づかず、自分が今どう
なっているのかさえ気づいていなかった。
「夢、前にも見た夢・・・」
光はぼんやりとつぶやく。
(何故、私は逃げているのだろう。私はなにから逃げているのだろう。向日葵畑、
あれはまだ、父様がいた頃に一緒に行った・・・・あの時、父様はなんて言って
いたんだろう)
溢れ出てくる疑問を、繰り返し自問しているうちに、光の意識は三度目の夢の
誘いに連れ去られてゆっくりと消えていった。
夜半過ぎ、広間の座に腰掛けているクレフの姿があった。外はまた荒れている
様子で、白い稲妻が時折クレフの横顔を、浮き上がらせていた。その表情は硬く
稲妻の閃光にによらずとも、顔色は蒼白かった。
クレフがゆっくりと立ち上がり、居室へと歩み始めた。その時広間の扉が開き、
驚いて振り返ったクレフの視線の先にいたのは───────
「ランティス・・・」
クレフのもとへと歩み寄ってくるランティスの、身に付けているものは、ひどく
ほこりっぽく、そしてボロボロであった。鎧の胸甲には、魔獣の爪によるものなの
であろうか、3本の深い傷跡が刻み込まれ、マントもズタズタの斬り裂かれている。
鎧の他の部分にも、小さな無数の傷が刻まれ、衣服も所々、裂け破れているようだ。
そしてその頬には、浅手ではあるが一本の切り傷があり、傷跡には流れた血が黒く
乾いて、こびりついていた。
クレフの前まで来たランティスは、鎧の内側に手を入れ、水分を通さぬ薄い透明
なフィルムで包んである草を一束、無言のまま取りだしクレフに手渡した。
「これは、クワイフ草!いったいどこから!」
「モコナが案内してくれた」
「しかし、洞穴には門衛として、代々の神官の手によって、力を蓄えられた魔獣が
いると聞いていたのだが・・・まさか」
「神官でなければ、その魔獣を服従させることは出来ぬ。ならば、倒すのみ」
「なぜ、クワイフ草に気づいた?」
「エメロード姫はそうであったと聞いた。ならば、魔法騎士が同じ病になったと
しても不思議ではない」
「ザガーとから聞いていたのか?」
「いきさつのみは・・・」
「そうか」
クレフは感慨深げにつぶやき、目を閉じた。おそらくは昔日のことを、回想してい
るのであろう。
「導師クレフ」
その想いを断ち切るかのように、ランティスは続けた。
「薬を」
クレフはうなずき、居室へときびすを返す。その姿が部屋の中に、吸い込まれる
のを見届けると、ランティスは背中を壁に預けたのだが、強烈な疲労と睡魔の為に
そのまま力尽きて下へと座り込み、目を閉じた。
稲妻が眠っているランティスの姿を、蒼白く浮かび上がらせる。その唇が微かに
何かを呟くかのように動いたように見えたのは、稲妻の残光のせいであったのかも
知れない。
To be Continued