冒 険 空 想 小 説
魔法騎士レイアース外伝
ナ イ ト メ ア
そして再び夜は明けた。昨夜荒れていた雷は、未だにその白く鋭い爪で、天空を
切り裂き続けている。ここはセフィーロ城内、その回廊を歩いている海・風の二人
が向かう先は、やはり光の居室であった。二人とも、昨夜はほとんど眠れなかった
ようであるが、それをおくびにも出さずに、歩を進めていた。
「光さん、起きていらっしゃるでしょうか」
「起きていてくれるといいんだけど・・・」
「わたくしの魔法で、治療が出来れば良かったのですが」
「あ、あれ!」
海が何かを発見して指さす。すぐ先にはもう光の居室の扉が見えている。
「まあ、モコナさんではありませんか」
扉の前のモコナは、外側を向き、真剣な顔をしている。
「今まで何処にいってたのよ」
モコナの前にかがみこんで、海が問う。モコナは窓の外を指さした。
「ぷう」
「外にいっていらっしゃったのですか」
モコナは得意そうに、大きく二度三度とうなずいく。
「この大変な時に何をしにいっていたのかは知らないけど、まあいいわ。光の様子
が知りたいの、通してくれるかしら」
両手両足を大きく広げて、モコナは激しく首を左右に振る。
「・・・・・叩くわよ」
「海さん」
風に呼び止められ、立ち上がり振り返ったところに、背後からモコナが海の長い
髪に飛びつき、ぶらさがった。
「ちょ、ちょっとモコナ、なにするのよ、離しなさい」
モコナは素直に手を離す。
「まったく、もう。・・・・・・!!」
海は目を閉じ、しかめっ面をつくり、眉間にしわを刻む。左の眉が、細かく痙攣
しているようでもある。自然に右手が拳を握り締めた。頭の上に、モコナが立って
満足そうな表情をしている。
「ぷう」
「どういうつもりよっ!」
頭の上のモコナを捕まえようとして、両手を上げる。その手をすり抜け飛び降り
たモコナは、そのまま回廊を跳ねていった。
「待ちなさい!」
逃げるモコナを追いかけるふりをして、2・3歩足を踏みだし、海は、きびすを
返した。
「そんな手に引っかかるものですか。さあ、邪魔者はいなくな、きゃぁぁぁぁ!」
引き返してきたモコナがそのままの勢いで、海のスカートに中に飛び込み、お尻
にとりついている。海がとうとうはじけた。
「モぉコぉナぁ!」
急ぎ逃げて行くモコナを、今度は、全速力で追いかけ始める。光のことは完全に
頭の中から消え失せていた。冷静に、その終始を見届けていた風であったが、少し
考え込むような表情を見せ、すぐに海の後を追って駆け出していった。
光の瞼がゆっくりと開かれていった。先ほどまでの外での喧騒は、室内まで届い
てはいなかった。頭の芯に残る、痺れたような感覚も、二度三度とまばたきをして
いるうちに少しづつ消えていった。
「目が覚めたようだな」
横から響いてきた言葉に驚き、反射的に声の方へ顔を向ける。そこに居たのは・・・・
「あ・・・・・」
ベッドの脇に、椅子に腰掛けたランティスがいた。寝顔を見られたという思いが
光の顔を、赤く染め上げる。光は内心のうろたえを隠そうとして、口を開いた。
「ランティス・・・・どうして、ここに」
「薬を、持ってきた」
「でも、アリスト症の薬は効果がなくて・・・・」
「これが、今のお前に必要な薬だ」
ランティスは椀を手に取り差し出す。
「それには、クワイフ草が必要だって・・・・あ、それじゃクワイフ草を・・・・」
光は、その時になって初めて、今のランティスの汚れ果てた姿に気づいた。鎧の
傷、切り裂かれた衣服、そして血の痕が残る頬の傷。その全てが、自分の為のもの
だと理解するのに時間はかからなかった。
光は心の奥から突き上げてくる、説明し難い衝動に動かされ、上体を起こした。
右手がゆっくりとランティスの頬に伸びてゆく。その指先が触れた瞬間、ためらう
ように止まり、そしてまたゆっくりと、手のひらを頬にあてがった。
「私の・・・・為に・・・・こんな・・・・」
自らの頬を流れ落ちる熱い涙に、光は気づいていただろうか。
「大したことは無い」
ランテイスは優しく光の手を取り、椀を手渡した。
「いつまた睡魔が襲ってくるかわからぬ、早く薬を飲んだ方がいい」
素直にうなづいた光は、ためらわずにその椀の中身を一気に飲み干した。すぐに
身体に力が入らなくなってきた。崩れかけた身体を、ランティスが優しく抱き止め
ベッドに寝かせる。瞼が自然に下がってくる。身体中が痺れているようで、感覚が
全く無い。ただ、ランティスの声だけが聞こえる。
「いままで同じ夢を、繰り返し見ていたはずだ。それは、自分で乗り越えなければ
ならない試練。決して、自分から逃げてはいけない・・・・・・・・」
ランティスの声が、段々と遠くなっていく。そしてまた夢の世界への、旅立ちと
なった。しかし今度こそは、その夢の意味するものに、決着をつけるために。
ランティスは、腕を組み、目を閉じた。
(ザガートはそのあとこうも言っていた。『運命とはこういうものなのか』と・・・・
そして、エメロード姫と光の間に、共通するものがあるのだろうか)
ランティスは目を開き、光の横顔をじっと見つめた。
「まだ私の知らないなにかが、あるのだろうか」
これ以上手を出せぬという、いらだちが滲むこの言葉は、誰にも聞き咎められる
こと無く、虚空に吸い込まれていった。
To be Continued