冒 険 空 想 小 説
魔法騎士レイアース外伝
ナ イ ト メ ア
暗い、何も見えない。昏い、ひどく寒い。誰か・・・・誰か・・・・心のなかに人の顔が
浮かんで消える。そして、意識ははじけて消えた。その瞬間、周囲には緑色の林が
現れる。昨日から見続けた夢、そして、過ぎ去りし過去の幻。
今、光は大きな向日葵の咲き誇る、林のなかに一人たたずんでいた。本人は気づ
いていないであろうが、今の姿は幼き頃のそれである。
「光」
遠くで誰かが呼ぶ声が聞こえる。光は走り出す。長い長い、緑のトンネルを抜け
出た時、陽光の中で優しく微笑む姿が見えると、心の中の何処かで例えようの無い
安らぎを、そうとは知らずに感じていた。
「とうさま」
理解出来ぬまま、光は衝動に突き動かされて、父の足に抱きついた。
「さあ、帰ろうか」
「うん」
父の背中が、とても大きく見える。全てに於いて信頼し、敬愛し続けていた背中。
その後を一生懸命に、半ば走るようにして追いかける。父が不意に振り返り、光を
抱き上げ、肩車をした。
「ねえ、光」
「なあに、とうさま」
「光は大きくなったら、何になりたいのかな?」
「ん〜と・・・」
少し考えて答える。しかし、心の中で誰かが叫ぶ。『何かが違う』と。
「ひまわり!」
父は豪快に笑って『どうして』問い返す。
「だって、ピーンって真っ直ぐで、おひさまの方見てて、かっこいいから」
「真っ直ぐにはなって欲しいけど、光は人間だから、向日葵にはなれないよ」
光は黙り込み一生懸命に考え込んだ。しばらくしてその表情が、ぱっと明るく
なり、父の顔をのぞき込む。
「じゃあ、かあさまみたいに優しくなりたい」
「優しくなって、その後は?」
「ん〜、わかんない」
「光はお嫁さんになりたくないの?」
『お嫁さん』という言葉が、ぐるぐると頭の中を駆け巡る。
「私は・・・とうさまの・・・」
光の心が何かを叫ぼうとしている。しかし言葉が出てこない。想いの全てを言葉
にすることが出来ない。考えたくないという想いが、次の言葉を選ぶ思考を停止さ
せようとしている。なにも、なにも私は変わっていないのだ、と。
「私は・・・私は・・・」
「どうしたの、光」
父が優しく光を下ろすと、瞳をのぞき込んだ。その時に光は心の中にいる、いや
いたはずの、父の存在が、小さくなっていることに気づいた。そして、その隙間を
埋めていた存在の姿を、はっきりと認識することが出来た。光は父の瞳を真っ直ぐ
に見返した。もはやその視線には、まよいは全く見られなかった。
「私、私ずっと、とうさまのことを考えてた。今どこにいるのだろう、なにをして
いるのだろう、そして・・今度はいつ逢えるのだろうって。私、とうさまのこと
大好きだ。でも今判った、私は私の道を進む、ずっと一緒にいることは出来ない」
「光、女の子は未来を見つめていかなければならない。なぜなら男の子は、自分を
使って現在という、糸を紡いでゆく。そして、それを受け取った女の子は、その
糸を使って、未来を織り上げていかなければならないのだ。その営みは、遥かな
昔からずっと、今まで続いている。そして、今を次の世代に伝える役目は、光、
おまえにも存在しているんだよ。」
父の輪郭が少しづつ、ぼやけ始めた。
「光、自分の思うままに、信じる先に進んでいきなさい。そこには、光だけにしか
織り上げることの出来ない、未来が待っている。さあ、待っている人がいるよ」
「父さま」
父の姿は、ゆっくりと、細かな光の粒子がはじけるように、少しづつ薄れてゆき
その姿が見えなくなると同時に、周囲の世界は、まっ白なまばゆい光につつまれた。
その光が不意にかき消えた。周囲は粘りつくような闇となり、空気はまるで水飴
で出来ているかのように、重く身体にまとわりつき、自由に動かすことが出来ない。
光には、自分が何をしたら良いのかが判らなかった。そして、それが判らぬままに
重い身体をのろのろと動かして、歩き始めた。
足もとはゆるい勾配の登り坂になっていた。しばらく歩いていると、後ろが気に
かかってくる。誰かが後ろから、つけてきているような感覚がある。心の中を恐怖
が支配し始め、逃げだそうとしてあがき始める。しかし足を一歩繰り出すのでさえ
のろのろとて進まず気は焦り、心臓もばくばくという動悸が、もし隣に誰かいたら
聞こえるのではないか、というほどやかましい。
粘りつく空気を、泳ぐようにかき分けつつ進む。恐ろしい。何故か判らないけど
恐ろしくて、振り返って追いかけるものが何なのか、確かめることすら出来ない。
ただ、どれだけの力をこめても、空回りしているかのように、進んでいかない足を
遮二無二使っているだけであった。
「逃げるな」
頭の中に声が響く。
「逃げるな、振りむくんだ」
(ランティスの声だ)
光は、声に従って振り向こうとしたが、途中で躊躇する。
「俺を、信じろ」
稲妻が身体を突き抜けていったかのような感覚が光に走った。心の中に溜まって
いた澱が消え失せ、反射的に後ろを振り返った。そこに立っていたのは・・・・・
(わたしがいる・・・)
そこに居たのは、光自身であった。後ろから追いかけてきていた光が口を開いた。
「やっと、やっと逃げることを止めてくれたのね。私は、あなたの未来。あなたは
未来いえ、明日に進むことを恐れていた。自身の行動が、再び誰かを傷つけるの
ではないかという恐れ。自身の心に、初めて芽生えた愛を、育むことへの恐れ。
それでいながら、前へと進んでいかなければならない自分への苛立ち。その全て
が私です」
「そうだ、私は怖かった。魔法騎士の存在する理由が、それから私自身の存在する
理由が見えなかった。自分のしていることが、正しいとは思えなかった。いつも
いつも、その答えを欲しがっていた。そして、ランティスのことも・・・」
「でも、あなたはその答えを見つけたわ。そして、私を受け入れることが出来る。
そう、あなたの心は誰にも負けない強い心となったわ。過去に決別を告げ、未来
を正しく見つめる、柱の資格を持つ心を手に入れた。その心があれば、この先に
起こることにも、心乱れること無く歩んでいけるでしょう」
光の瞳が大きく見開かれた。
「柱の資格?私が、私に柱となる資格があるのか?」
「まだ、その資格があるというだけです。柱となるには、まだ試練を越える必要が
あります」
そういいながら、目の前の光(の形をした者)の姿は段々と消えてゆく。
「自分の心に素直になって下さいね、私からの忠告です」
声と共に世界は消え失せ、光は身体が落下してゆく感覚にとられる。しばらくの
浮遊感の後、目を開けた時に最初に飛び込んできたのは、ランティスの顔であった。
「ラ、ラ、ラ、ランティス、どうしてここに?」
光はベッドからはね起きる。その右手が、ランテイスの手にしっかりと握られて
いるのに気づき、顔を真っ赤にしてうろたえる。ランティスがその手を離すと、光
は自分が着ている服が、見たことの無いもので、しかも随分と大きいことに気づく
余裕が出来た。
「私、どうしてこんなものを着ているんだろう?」
その時、城全体が大きく揺れる。
「敵襲のようだ、先に行っている」
着替えのことを気にしてか、ランティスは部屋から出ていこうとした。
「あ・・・ランティス・・・」
扉の前でランティスが振り返る。
「ありがとう」
「何故、礼を言う」
「わからないけど・・・いわなきゃいけない気がして・・・」
ランティスは無言のまま部屋から出ていった。
いつもの制服に着替えて部屋を出ると、モコナがいきなりとびつてきた。そして
回廊を駆けてくる、海と風。表情は明るい。
「光、治ったのね、よかった」
「光さん、オートザムのNSXがすぐ近くまで攻めてきているようです」
「うん、海ちゃん、風ちゃん、いこう」
三人は回廊を駆け出す。光の手から飛び降りたモコナは、追いかけずにその場で
見送っている。3人を、いや光を、見守るように。
The End