冒 険 空 想 小 説
魔法騎士レイアース外伝
ナ イ ト メ ア
結局入浴中はもとより、その日は全く敵の襲来はなく、一同はあてどなく一日を
過ごすこととなった。日はとっくに暮れて、皆もそれぞれ明日への小旅行のために
個々の居室に戻っていった。そしてここは、光の居室・・・・・・
光は昨夜身に付けていた寝着よりも、だいぶん大きい物を用意して貰い身に付け
て、ベッドの上に仰向けによこたわってぼんやりと、天井を見上げている。そして
枕を手に取り抱き締めると、くすりと、なにかを思い出して笑い出した。
「なにか、プレセアは楽しそうだったな」
先刻、プレセアは光の部屋を訪れ、今日身に付けていた衣服を引き取り、『明日
は、また別の服を持ってくるわね』と、言い残して帰っていった。その言行全てが
妙に気分が浮き立っているようであり、帰っていく時の後ろ姿は今にもスキップを
始めるのではないかというような錯覚を光は覚えていたのだ。もちろんプレセアは
光の世話をするのが、うれしくて仕方がなかったのだが、当の光には、そんな理由
までわかりはしなかったのだ。
とりとめの無いことを考えているうちに、あわただしかった一日の反動が出たの
か、急に睡魔が襲ってきて、瞼が鉛にでもなったしまったかのように重たくなって
くる。その気持ちの良い浮遊感の中で、光は今まで気づかなかったことに気づいた。
(そういえば、朝からモコナを見ていないけど、どこにいったんだろう)
そこから先へと考えを巡らせる暇は与えられず、彼女の意識は深くて暗い淵の中
へと、ゆっくり、そして確実にひきずりこまれていった。
真っ暗な世界、そしていつ果てるとも知れぬ、長いなだらかな坂道。光が走って
いる。制服を着ていることから、今現在の光ではないことは、見てとることが出来
るが、それが光であることには間違いはない。
光が走っている。あえぎながら、なにかに追われているかのように。後方からは
なにかが自分を追いかけてきていることが、光には理解出来る。そう、背後を見ず
とも、光には自分を追いかける者の存在がわかっていた。追跡者の正体はわからぬ。
その正体を確認しようとする思考は、何故か働かない。ただ走って逃げようとして
いるのだ。しかし、足はまるで進まない。全身がすっぽりと、水の中にいるように
踏み出す足、振り出す腕、全ての動作が緩慢で、追い付かれるのではないかという
恐怖感を倍加させる。
心が叫ぶ。急がなきゃ!もっと早く!!しかし、身体にからみつくような感覚は
焦れば焦るほど強くなり、繰り出す足がもとのところに戻ってくるような感じさえ
覚える。早く!早く!!なにが自分をそこまでせき立てるのか、なにが自分をそこ
まで追い詰めているのか・・・・汗の滴が顎から滴り落ちた瞬間、景色が瞬転した。
暗闇の中をゆっくりと迫ってくるものは、黄色と緑のパレット。否、迫ってくる
のではなく、自らが落下しているようである。近づくに連れて、だんだんと細部が
はっきりととらえられるようになった。それは、向日葵畑・・・・南天に向かって
その大輪の花を、誇らしげに掲げている、高さは2メートルにも達しようかという
向日葵が、一面に立ち上がっている向日葵畑。
その根元を縫うように駆けていく、少女と仔犬がいた。何処からか優しげな呼び
声が聞こえてくる。
「ひかる〜」
少女は一旦立ち止まって、周囲を見回す。その少女は光の幼き日の姿であった。
歳の頃は3、4歳か。隣でピンと尻尾を立て、周囲に気を配っている仔犬は閃光
である。つい先日やってきたばかりであるのだが、光の傍らにあるその姿は既に
姫を守護する高潔な騎士としての誇りに満ち溢れていた。
「ひ〜か〜る〜」
幼い光は声のする方向へと走り出した。髪型は今と変わらないが、後ろはまだ
延ばしてなく、ショートヘアであった。薄いブルーが夏らしい、ノースリーブの
ワンピースを着て、真新しい白のスニーカーを履いている。頭にかぶったつばの
広いむぎわら帽子は彼女には少し大きく、走っている最中に飛ばないように両手
でつばを握り締め、引き付けていた。両肘、両膝、そして、おでこに貼られてる
ばんそうこうは、彼女が闊達なお転婆であることを、雄弁に語っているようだ。
真昼でありながら薄暗い向日葵の林から、まぶしい陽光が降り注ぐ草原に飛び
出すと、そこには和服を着た男性が、優しげな微笑みと共に立っていた。
「とうさま」
光は駆けより、足に抱きつく。
「さあ、帰ろうか」
「うん」
歩きだした父に遅れぬように、小走りで光はついていく。その姿に気づくと光の
脇に手を差し入れて、軽々と抱き上げ肩車をして歩いていく。
「ねえ、光」
「なあに、とうさま」
「光は大きくなったら、何になりたいのかな?」
「ん〜と・・・」
少し考えて答える。
「ひまわり!」
父は豪快に笑って『どうして』問い返す。
「だって、ピーンって真っ直ぐで、おひさまの方見てて、かっこいいから」
「真っ直ぐにはなって欲しいけど、光は人間だから、向日葵にはなれないよ」
光は黙り込み一生懸命に考え込んだ。しばらくしてその表情が、ぱっと明るく
なり、父の顔をのぞき込む。
「じゃあ、かあさまみたいに優しくなって、とうさまのお嫁さんになる」
「ありがとう、うれしいよ。でもね・・・・」
突然景色が暗転し、周囲は再び暗闇に包まれる。父はまだなにかを語り続けて
いるように、その口は動き続けているのだが、僅かな距離であるにもかかわらず
声は全く光の耳には届かなかった。
そして、幼い光と父の姿も、だんだんと輪郭が溶けだし始め、ついにはその姿
も消え失せてしまい、そこに残っているのは、ただ暗闇ばかりであった。
To be Continued