冒 険 空 想 小 説
魔法騎士レイアース外伝
ナ イ ト メ ア
一同のなかにさざめきが走る。はっとして光、海、風そしてカルディナの4人は
ラファーガを振り返る。
「見る限りでは、アリスト症であろう。ならば、導師クレフの調合される薬で、
すぐにもとの身体に戻れる筈だ。いや、そう思ったからこそ、プレセアもここへ
連れてきたのであろうがな」
「光!」
「光さん!」
「うん!」
3人は手に手を取り合い、微笑み交わす。身体からは喜びが発散されている。
「光」
静かな声が広間に響く。壇上に座り、今まで事態を見守り続けていたクレフが、
初めて声を上げる。
「ラファーガの言う通りだ。アリスト症で間違い無かろう。異世界の者である光に
アリスト症が現れるとは驚きだが、今までに魔法騎士が召喚された事実が無いの
だからな、まあ、現れても不思議ではあるまい。さて、今すぐ薬を調合してきて
やろう。暫く待っているがいい。」
そう言い残し、クレフは席を立ち、広間の続きに用意されている、自らの居室へ
と入っていく。その途中で振り返り、光に問いを発した。
「光、症状が出たのは昨夜のことだな。
「う、うん。寝ている間に、気づかないうちに」
「そうか、では、何か夢を見なかったか?」
「・・・・覚えていない」
クレフは一つうなずくと、扉のなかに消えていった。
案ずることはない、そうなると一気に場の雰囲気は、軽く和やかになり、そこに
いる者達は、何事もなかったかのように笑い、語り始めた。
カルディナはラファーガに、真面目な顔でアリスト症について、あれこれと質問
を浴びせ、ラファーガの答えにしきりとうなずいている。プレセアは、朝食の摂れ
なかった光、そして心配の余りのどを通らなかったであろう、海と風の分を併せて
なにか用意するといい広間から出ていった。
フェリオは暫くの間、離れて何かを考えている様子であったが、一つ頭を振ると
にこやかに談笑している、魔法騎士3人のそばへ近づき、風の言に横あいから何か
ちゃちゃをいれ、座を大いに盛り上げるついでに、風の頬もふくらませた。
アスコットもいつのまにか、その輪のなかに加わり、ちゃっかりと海の横という
特等席を手に入れて、笑顔を見せている。今現在の状況は、光の容姿という一点を
除けば、今までと変わらぬ平和な時間であった。もっともそれは、他国からの侵略
を受けつつあるという、背景があるにはあるのだが。
暫くして、クレフの居室の扉が再び開き、中からゆっくりとクレフが姿を現す。
左手には白い椀を持っている。これがおそらく薬なのであろう。ほぼ同じ時間に、
大扉からもプレセアが、盆の上に食べ物を載せて現れた。プレセアは一旦その盆を
広間の脇にしつらえてあるテーブルにおろすと、皆のところに歩み寄った。
「この薬は、2種類のLSDという薬草でつくられている。トルセン草の葉を煎じ
たものと、ビスカス草の葉の茶とを、合わせたもので、アリスト症の特効薬だ」
クレフはそう説明した。LSDという薬草は幾つかの種類を持っている。その内
のビスカス草は、葉を乾燥させたものが、茶として広く親しまれている。爽やかな
香りであり、気分を落ち着かせる効果を持ち、煎じて使えば精神安定剤ともなる。
そしてもう一種のトルセン草は、本来のアリスト症の薬である。しかしながら、
トルセン草は、ありていに云えば毒草である。とはいえ毒とはいえども暫くの間、
高熱を発症させるという、中毒症状が出る程度で、命に係わる危険は全くないので
はあるのだが、煎じてそのまま薬として使用する訳にはいかない。
しかしながら同じLSDである、ビスカス草に含まれている、とある成分の作用
に依って、その毒素は中和されるのである。それゆえに、アリスト症の薬は常に、
トルセン草の煎じ汁と、ビスカス草の茶を混ぜ合わせて、使用される。
クレフの手から、光の手へと、薬の椀が渡される。光は、椀の中身の液体を見て
(まるで抹茶だな)という感想を得た後、躊躇せず、一息で椀の中身を飲み干した。
飲み干した椀を、そっとプレセアが受け取る。全員の視線が光に集中する。光、
海、風は、不安と期待を、プレセアとクレフは絶対の自信を、そして残る者達は、
期待と不安、それと少しの興味とを、心の内とその視線とに携えていた。いままで
アリスト症を知りこそすれ、目の前で症状の快復を、見たことはなく、どのような
プロセスを経るのかは、クレフを除いては誰も知らなかったからであった。
じりじりと時間は経過する。何も兆候は起こらない。クレフの表情が僅かに変化
し、暫くの間、腕を組み、目を閉じ、その後意を決したかのように、口を開いた。
「通常であれば、とっくにもとの姿に戻っているはずだ。光は異世界の者、故に、
薬効が遅いのであろう」
プレセアとクレフが、意味有りげな視線を交わす。ラファーガもカルディナに、
何事かを促すような目配せがあり、カルディナはそれにうなずく。
「まあ、ここで待っていてもしゃあない。久しぶりに皆で、ふろにでもはいろ」
半ば強引に、光、海、風の3人を、まとめて抱えるようにして、外に連れて行く。
プレセアもその後を追って、退出していった。
クレフは天井をじっと見つめて呟く。
「やはりあれは、アリスト症ではない。エメロード姫の時と同じあれか・・・・・
だとすると、今になっては薬を用意することは不可能だ」
その場に残った、アスコット、ラファーガ、フェリオは、互いに不安げな視線を
交わしつつ、言葉もなく所在しているだけであった。
「明日には説明をせねばなるまい」
クレフの苦しげな声が、広間中に韻々と木霊した。そしてその唇が、誰かの名を
呼ぶ。しかしそれは、口から洩れることはなく、誰の耳にも届かなかった。
To be Continued