冒 険 空 想 小 説
魔法騎士レイアース外伝
ナ イ ト メ ア
セフィーロ城の中心部にある広間は、常になく静かであった。重くのしかかる
ような空気は、その室内を漂う沈痛な雰囲気のもやに包み込まれているかのようで
ある。
広間の奥、一段高くなっている座に在るクレフは、軽く目を閉じ眉間に深いしわ
を刻んで動かない。その左手に固まる一団の中心は海であった。周囲からの言葉も
耳に入らず、潤んだ瞳を伏せて立ち尽くすだけであった。
その海の肩をいたわるように抱きながらカルディナが立つ。日頃は場の空気を
和らげる中心人物たる彼女にすら、常の輝きは見られない。
カルディナの後ろには、アスコットが青くなったり、赤くなったりしながら海を
案じてやきもきしている。隣に立つラファーガは、その表情から見てとれるものは
ないが、左手で、腰に差した剣を引っ切り無しにいじっているところから、心中は
穏やかざらんところを、みせている。
海と向かい合って立つ風も、いささか憔悴した体ではあるが、気丈に振るまい、
脇で気遣わしげに寄り添うフェリオと小声で何やら話を交わしていた。
そして、その輪の中から離れて、反対側の壁に背をもたせ立つランティスだけは
腕を組み目を閉じ、常と変わらぬ居ずまいである。
室内のその8人の視線が、一斉に扉に向けられる。今、ゆっくりと大扉が左右に
開かれようとしていた。扉の間にプレセアの姿を認めた海が、よろめくようにして
2歩3歩と歩み寄る。
「あ・・・光は?」
プレセアは振り返り、影に隠れるようにして立っていた、光の肩に手を当てて
自分の前へと誘った。
前に出され、周囲の目に晒された光は、うつむき身体を強ばらせている。一瞬
ざわ、とした後、クレフ・ラファーガ・アスコットの表に僅かな安堵が見えた。
輪の中から一人、光に向かって走りよる。意外にもその姿は風であった。光の
前まで走り寄ると、右手を振り上げ、光の頬を平手で張った。
驚いた光の瞳と、悲しみとも怒りともとれぬ、それでいて苛烈な色をたたえた
風の瞳とが真正面から絡み合った。
「どうしてなにもおっしゃってくださらないのですか。私達では駄目なのですか
わたくし・・・わたくし・・・・」
風の瞳から涙がこぼれる。右手を握り締め、その拳を大事な宝物であるかのよう
に胸に抱え、嗚咽を噛み殺し肩を震わせて泣き続ける。その背後にゆっくりと海が
現れた。光は頬を押さえることもせずに立ち尽くしている。
「風に先を越されちゃったわね。本当なら私がやろうと思ってたのに」
海は両手を風の両肩に載せて続けた。
「ということで、これは私から」
海が右手を持ち上げる。光は一層身体を固くした。その額を海は人指し指で軽く
弾いた。海はふっとため息を一つつく。
「光が私達のことを、頼りなく思ってのことならば、幾らでも怒れるんだけどね。
光の場合は、私達に心配をかけさせまいとして、余計に心配させるんものだから
怒るに怒れないのよねえ。でもね光、私達はあなたの心配がしたいの、そう、
あなたが私達を、心配してくれているのと同じだけ、あなたの悩みを、苦しみを
分けて欲しいの。風も全く同じ気持ちよ。私達は三人で一人だと思っているわ。
一人では重すぎる物も、3人で持てば少しは軽く出来るのではないのかしら」
「光さん、ごめんなさい。痛くありませんでしたか」
落ち着きを取り戻した風が、心配そうに問いかける。光は黙って首を横に振った。
「ありがとう、海ちゃん、風ちゃん。そして・・・ごめんなさい」
光が頭をぺこりと下げる。
「さ、まとまったようやな」
いつの間にか近寄ってきていたカルディナが座を明るくしようと努める。
「しかしまあ、大きゅうなりはったなあ。こない大きゅうなってしもたら前みたい
に抱き締められまへんな」
「本当ねえ、私より身長があるみたいね」
海が横に並んで背の高さを比べている。ほとんど同じではあるが、僅かに今の光
のほうが高いようである。
「その服やと胸きつくあらへんか?うちの服かしてやろか」
「そ、それはちょっと」
光は苦笑する。周囲もつられて笑い出す。
「そうよカルディナ、あなたのみたいな『恥ずかしい』服が着れるわけないでしょ」
「なにゆうとんねん、海。そら海みたいな、つるぺたの胸じゃ、うちの服は着れ
へんさかい、嫉妬してるんちゃうか。なあ、アスコット」
「ど、ど、どうしてそこで、僕に振るんだよ」
「わ、私がつるぺたですってぇ。自分がちょっと大きいからって」
「ちょっとやないで、か・な・りや」
海の言葉を遮って、カルディナは混ぜ返す。その掛け合いをみて笑っていた風が
光の胸を見てぼそと呟く。
「本当、羨ましいですわ」
「・・・え?風ちゃん、何か言った?」
「い、いいいいいいえ、何も申し上げておりませんわ」
慌ててかぶりを振る風の顔はもとより、首まで真っ赤に染まる。
和やんだ場の横を通り過ぎようとする影があった。壁際でずっと、始終を見届け
ていたランティスである。その表情、物腰はいつもと寸分変わらず、一同に対して
一顧だにくれることもなく、歩いてゆく。光は思わず目を伏せる。その脇を何事も
無かったかのように、一言も発することなく通り過ぎ、扉の外に消えていった。
しかし、光の横を通り過ぎる一瞬、光の横顔に視線を送ったのを、確認出来たの
はプレセアだけであった。
「なんやあいつ、いつもいつも不愛想やな」
カルディナが憤慨して言う。そこでラファーガが初めて口を開いた。それも彼に
しては、非常に珍しい冗談口調であった。
「さあ、光。クレフに治療して貰うのか?それとも暫くの間、そのままの姿で生活
してみるか?日頃見えない物が見えてくるかも知れんぞ」
To be Continued