冒 険 空 想 小 説
魔法騎士レイアース外伝
ナ イ ト メ ア
「もう、光ったら何やってるのかしら、私もうおなかぺこぺこなのに」
「でも、おかしいですわね、光さんが起きてこられないなんて」
「具合でも悪いのかしら」
そういって少女は端正な顔を歪める。心から心配している様子であった。少女の
名は、龍咲海という。長くつややかなブルーグレーの髪が印象的だ。身につけて
いる物は全て異界の物、光とともに魔法騎士として共に戦う者だ。
「心配ですわね」
隣に並び歩く少女が応える。この少女もまた、異界の衣服を身にまとっている。
彼女も魔法騎士であり、鳳凰寺風という。短めのブロンドの髪はややくせっ毛で
頬のあたりで、くるくると巻いて歩を進める度にふわふわと揺れている。
城内の主だった者は、毎朝揃って朝食を摂っているのであるが、この日に限り、
時間になっても光が現れず、二人は心配をして様子を身にわざわざ出向いてきた
のであった。
「光、起きてるの、光」
海は寝室の扉をノックしながら、中にいるであろう光に呼びかける。
「光さん、お身体の具合がお悪いようでしたら、クレフさんにお願いしてお薬を
頂いてまいりますが」
風の心配そうな声が、回廊に響く。しかし部屋の中より、いらえは、無い。
「光、お願いここを開けて」
返事はなく、扉も開く気配もない。
「いらっしゃらないのでしょうか」
「行き違いになったのかしら」
「でも、どなたも光さんを見かけてらっしゃいませんし」
二人は顔を見合わせてこれからどうしたものかと思案している。
「・・・・・ぅ・・・・・・・・ぷ・・・・・・・」
微かな声をとらえ、二人ははっとして扉を見つめる。
「モコナの声・・・光、いるのね。光、返事をして」
「光さん!」
「ごめん!海ちゃん、風ちゃん、今は出ていけない」
部屋の中から洩れ聞こえた返事は、まるで魂を締め上げられているかのような、
悲痛な叫びであった。
「光、どうしたの!光、ここを開けて、光!!」
頑丈な扉をお構いなしに、両手でだんだんと叩きながら、海が叫んだ。その瞳に
うっすらと波だが滲んでいたことは、本人ですら気がついていなかっただろう。
そして風は言葉を無くし、ただ両手を胸の前で揉み絞るばかりであった。
必死になって扉を叩き続けるのを止めない海のこぶしを、す、と優しく制する者
があった。海は驚き振り返る。
「プレセアさん」
「プレセア、光が、光が出てきてくれないの」
海はプレセアにとりすがる。しかし、その唇から発せられた言葉は二人にとって
予想を裏切る意外な言葉であった。
「二人とも、広間に戻りなさい。そして後は私に任せて」
海ははっとしてプレセアを仰ぎ見る。
「で、でも」
「海さん」
海の言葉を遮って風は優しく海の肩を支えた。
「行きましょう、海さん」
扉を叩いていた疲れがどっと出たのか、ふらつく海の身体を支えながら風は歩き
始める。10メートルほど進んだところで歩を止め、肩越しに振り返り言った。
「プレセアさん、光さんをお願い致します」
プレセアは二人に微笑み掛けひとつうなづく。二人はそのまま回廊を進みゆく。
その姿が見えなくなったのを確認してから、プレセアは扉の方に向き直った。その
左手には何が入っているかわからぬ布包みが抱えられていた。
ふ、とプレセアの視線が扉についた、僅かな血の染みをとらえる。プレセアは
軽く口元をほころばせ、海と風が消えていった方向に、優しげな瞳を向けた。
ややあって彼女は、ふっと一つ小さなため息をつくと、表情を固く引き締めた。
右腕がゆっくり持ち上がり、軽く2回扉をノックしてから、中の光に呼びかけた。
「光、ここをあけてちょうだい」
「プレセア・・・・・」
返事は消え入るように小さい。
「駄目・・・だ、開けられないよ」
「海も風もここにはもういないわ。それに私は、あなたが何を隠したがっている
のかがわかっているの」
扉の中からは何も返事がない。プレセアは構わず続けた。
「光、あなた、大人になってしまったのね」
刹那、音もなく扉が開く。その正面に光が焦然として立ち尽くしていた。
「やっぱり・・・・そうだったのね」
プレセアは安心させるように優しく微笑む。光の唇が何か言葉を形づくろうと
するが上手くいかず、瞳に大粒の涙の珠が次から次へと盛り上がりそしてぽろぽろ
とこぼれ落ちた。
プレセアは扉を抜け、部屋の中にはいる。その後ろで扉が再び外の世界を遮断
すると、光はこらえきれずにプレセアにすがりつき泣きじゃくる。
プレセアは何も言わず黙ったまま、母親のようにいつまでも光の髪を優しく撫で
さすり続けていた。
To be Continued