冒 険 空 想 小 説
魔法騎士レイアース外伝
ナ イ ト メ ア
既に深夜となったセフィーロ城外側の回廊は暗く静かである。
窓の外で猛り狂う稲妻がときおり回廊の内部を白く浮かび上がらせるが、雷音は
中にまで届くこともない。全ての者達が明日もまた訪れるであろう闘いのために
暫しの休息をとっているはずであった。
しかし今この回廊の窓に一人の少女がたたずんでいる。
まるで炎のような赤い髪、マジックナイトの獅堂光であった。
常は三つ編みにされている長い髪は今はほどかれ、身に付けているものも異界の
服ではなくゆったりとした白い寝着であることから、おそらく眠れずにあてなく
部屋から出てきたのであろう。
右の掌をガラスに押し付け外を見つめている瞳は日頃の闊達な彼女からは想像も
出来ないほどの愁いを帯び、その横顔は時折叩き付けられる雷光の白さをも越え、
身じろぎもしないその姿はまるで白磁の人形のようであった。
どれだけの時間が経ったであろうか、ずっと伏せられていた瞳がすっと上方へと
持ち上げられた。その焦点は虚空の彼方にあわされており、彼女の瞳に映る物は
彼女の心の中にある物であろうということがわかる。
そして間近にいても聞き取れないような小さな声でつぶやいた。
「ランティス」と・・・・・・・・・・
「眠れないの光?」
光ははじかれたように声の方向に向き直る。
少し離れたところにプレセアの優しい笑顔が見えた。
「プレ・・・セア」
「どうしたの光?」
「え?あ・・・べ、別になにもないよ」
「顔が赤いわよ。体の具合でもわるいのかしら」
近寄ってきたプレセアが心配そうな顔をして右手を光の額にあてる。
「だ、大丈夫だよ」
慌ててかぶりをふるが、さらに顔がかっと熱くなるのを感じて急ぎ付け加えた。
「ちょっと考え事をしてたんだ。」
「考え事?」
「うん・・・・・」
目を伏せ言い淀んでいた光が顔を上げプレセアの目を真っ直ぐに見つめる。
光の瞳の中の真摯で一途な想いを感じ、プレセアは光のことを愛しく感じ優しく
問い返す。
「私でよかったら、聞かせてくれない?」
「私ってやっぱり子供なのかなあ」 「え?」
「私って子供なのかなあ・・・背は小さいし、胸だって・・・海ちゃんと風ちゃん
見てると、やっぱり私って・・・・女らしくないんじゃないかなって・・・」
「光は早く大人になりたいの?」
「女らしくなりたい。プレセアやカルディナは優しくて綺麗で・・・私も・・・」
「どうして女らしくなりたいの?」
光は再びうつむき黙り込む。質問を発したプレセアは光の答えを得ずともその
気持ちががいかなる理由によるものかを理解していた。その上でプレセアは問い
かけたのであった。プレセアは光の前で身体を屈め、優しく光を抱き締める。
そして頬を併せて語りかける。光の頬が少し熱い。
「大丈夫、光は綺麗になれるわ。私が保証してあげる。」
「プレセア・・・」
「誰よりも優しい心を持っているんですもの、時がくれば絶対に素敵な女の子に
なれるわ。あせっちゃ駄目よ。」
「うん・・・ありがとう」
ゆっくりとプレセアは光の背中にまわした手を離す。光は全て吹っ切れたように
屈託の無い笑顔を見せる。
「私、寝るね」
光は寝室の扉に向かって駆け出していく。寝室の扉が音もなく横にスライドする。
部屋の中に入ろうとしながらプレセアを振り返る。
「おやすみ、プレセア」
「おやすみなさい、光」
笑顔を残し部屋の中に光は吸い込まれていき扉が閉まった。光を見送ったプレセア
の横顔を稲妻が白く染め上げる。その瞳は閉じた寝室の扉を見つめ続けていた。
プレセアは心配していたのだ。光の心は純粋である。であるが故にその純粋さが
立ち止まることを許さないのではないか、と。自分自身を追い詰めてしまうのでは
ないかと。プレセアは扉から視線を外し、窓の外を見上げつぶやいた。
「思い詰めすぎね・・・何も起きなければ良いのだけど」
窓の外では相変わらず稲妻のみがその存在を誇示し続けている。もう一度ちらと
扉に目をやり、ひとつ小さなあくびをするとプレセアは自身の寝室へ歩き始めた。
翌日の朝に起きる事件を今はまだ誰も知る者はない。
To be Continued